Let’s start the marathon

【酒匂コンディショニングコーチから見た視点】
「筋肉や補強」

番外編1 【酒匂コンディショニングコーチから見た視点】「筋肉や補強」
番外編
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酒匂コンディショニングコーチ

今回は「筋⾁や補強」などについて、経験に沿った私なりの考えをお伝えしたいと思います。

1.筋肉の掘り起こし

たまには、普段使わない筋肉を使ってあげましょう。
難しく考えず、普段歩かない舗装されていないデコボコ道を歩くことでもいいのです。大切なことは普段刺激を受けない部位などに刺激を入れてあげることです。
例えば「木登り」という非日常的な行為をすると、日常生活では使われない筋肉が動き出します。それは「落ちたら痛い」とか「危険」などの情報を、瞬時に脳が体に伝えるからです。原始感覚とは誰もが兼ね備えている最強の能力です。しかしこのすばらしい能力も日常的に使われる頻度が少なくなると、その機能と働きは低下していきます。

このような原始感覚を活性化するには、アナログで不便な環境の中に身を置くことも有効です。掘り起こしのアイデアは沢山ありそうです。新たな刺激により、感覚が少し変われば筋肉の連動性もわずかに変わってきます。わずかな連動性の変化でも全身に与える影響は大きなものとなります。
近代社会というある意味、整った環境の中で生活をしていると、便利ゆえに偏った体の使い方が身に付いてしまいます。偏った動きを日常的にしていると筋肉の協調性は衰えてきます。協調性が衰えると些細な動きでも頑張ろうとして過剰なエネルギーを使いがちになります。結果「疲れが抜けない」とぼやきも出てきます。
普段使わなくなった筋肉へも時々は目覚めてもらいましょう。筋肉を沢山使えるようになったら、そんなに頑張らなくても動けるようになりますよ。

2. 筋肉の進化(成長)

目標にしているレースに向けて作られた体(筋群)は、レースを戦い終えたときに、その役目を終えます。一定の休息期間を経て、また新たなターゲットレースに向けて作られていく筋肉の個性と協調性は、前回と同じトレーニングを行ったとしても微妙に個性の異なった作品となります。それは筋肉も心臓と同様に留まることなく、動き続けているからです。
トレーニングによって筋肉が作られていく過程での、筋肉系の感覚的な変化(成長)は選手の記憶の中にインプットされていきます。特に絶好調時の記憶は明確に残っているようです。反面、筋肉を作り上げていく過程での困難な作業も記憶の中に保管されていて、それを避けようとするといった特徴もあるようです。基本的に人は怠け者なのでしょうね。「楽をして強くなりたい」これが本音でしょうか。

筋肉は生きています。よく働いてくれる筋肉を作り上げていくには、日々の「しつけ」(トレーニング)が必要です。また、良かった時の記憶だけでなく、乗り越えてきた苦しみの記憶も見据えて、「新たな作品を作り上げるんだ」という覚悟も必要です。でもそこの切り替えができれば、新たな体作りは加速し筋肉は進化(強化)できます。
人間が考えた「トレーニング」という不可思議な刺激を受けながら、筋肉は睡眠時に熟成され成長していきます。この単調な繰り返しの中から大きなエネルギーの核となる力も生まれ育ってきます。
単調なトレーニングを楽しく継続できるようになるコツは、わずかな変化(成長)に自らが「気付く」ことです。気付きを意識することで、いろんな独自の運動法が生まれるかもしれません。

3. 筋肉と協調性(連動性)

選手がマラソンを目指しトレーニングを始める時は、まず筋肉のバランスをゼロポジション※まで戻す必要があります。
具体的にいうと1Km4分のペースで連続して走れるようになること(10キロ前後)、それがマラソントレーニングのスタートラインと考えています。1Km4分というタイムだけで考えれば、男性は「それほど難しくないな」と思われるでしょうが、我々が求めている走りとは、力に頼らずリズムで走る1Km4分ペースです。これを可能にするには、複数の筋肉の織りなす規則的な協調性が必要となります。

個人差はありますが、例えば、スピードレベルを高め育てるには、刺激性(負荷)の高い短距離的トレーニングを繰り返し行えば、「スピードレベルは向上、持久力は低下」という筋肉作品が出来上がります。逆に、持久力を獲得するためのトレーニングでは、刺激性(負荷)の低いレベルで、いわゆる「走り込み」(タイムに大きくとらわれず、長い距離をしっかりと走り続けること)の練習を計画的に継続することが必要です。

結果、スピードレベルは低下するが持久力的要素は向上と、体に与える刺激の質量を変えることで、出来上がる作品は真逆の個性を持つ筋肉と筋群の協調性(連動性)を持つ筋肉作品となります。
参加レースの内容(種目)・目標・選手の個性(地力)などを考慮して、与える練習刺激の質量は変わっていきます。またトレーニングの組み合わせによって、真逆な個性の筋肉を作り出すことも可能なのです。

※ ゼロポジション…一部の筋肉を強く主張させないで、個々の筋肉が協調性を持って自然なリズムで動ける筋肉バランスのことを言います。

4. フルマラソンを戦うために、求められる筋肉とは?

一部の力ある筋肉個々が、お互い主張し、競い合うような筋肉のバランスでは、安定した筋群の協調性は生まれません。長時間に及ぶ不安定な動きが続くと、筋肉の動きに偏りが生まれ、やがてそれは体局所に微妙に影響を及ぼし、故障というリスクを高めることになります。
マラソンで求められる筋肉は、個の大きな力ではなく、たくさんの小さな筋肉の協調性を高めること、そして自然に織り込まれ、作り上げられていく筋肉作品です。

昨今マラソンに挑む一般ランナーの方々の多さには驚きです。しかも皆さん大変研究心が旺盛です。42.195kmという長い距離にも関わらず、年齢などを超越して限りなく強気に挑戦される姿勢は、心に響くものがあります。
我々は日常的にあらゆる事を想定しながらトレーニングを行っていますが、どこかで難しく考え過ぎている部分もあるのかもしれません。一般ランナーの方々が笑顔と真剣さを織り交ぜながら走っている姿を見ると、「いいなあ」と心から思います。一般ランナーの皆さんが短い準備期間でマラソンへ挑戦されることへの健康上の危惧はありますが、それぞれ身の丈にあった準備を行い成功されているようです。これはすごいことです。
短い準備期間でマラソンを成功できるのは、過度な練習で筋肉に複雑な個性が生まれていないこと、走ることに対する考えがポジティブかつシンプルであることなど、実に新鮮で学ぶことが多いと私は思います。
完走を信じて疑わない強い信念を持てることは、一番大切なことかもしれません。

WRITER
酒匂 寛

酒匂 寛コンディショニングトレーナー

出身   
鹿児島県
出身校  
鹿児島実業高校